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最近のお話

 

親しい友人が亡くなりました。
高校1年生の時に知り合い、クラスも部活も3年間一緒で、卒業したあともしょっちゅう遊んでいた彼女。
ライブもよく来てくれたり、手伝ってくれたり、話題にもよく出すので、
わたしのご友人の皆様は彼女のことを知ってるかもしれません。

フルートの音色は美しく、とても力持ち。甘いものよりもマックのフライドポテトが好きで、
おそばは基本2人前たべる。運動も得意で、イラストが上手。
達筆で相手の気持ちを思いやり、とても優しく頑固。堂々としていて、末っ子だが姉御肌でもある。
英語が全然判らず、間違った回答にはオリジナリティがあり、
かばんの中には必ず小さいクッキーみたいのが入ってて、そういうのを「たべなよ」と、いつもくれました。
音楽のセンスがよくていつもお酒を飲み、おしゃれで髪が綺麗。
六郷土手でスケボーをし、たんこぶ作ったりしてました。

彼女に彼氏(のちのご主人)ができて、3人で遊ぶことも増えました。
彼氏宅と我が家がめちゃくちゃ近くて、毎回彼氏とわたしで帰路が一緒なのがどうもたるいゆえ、
彼女に、2人だけで遊びたいと言ったら
「ゆうこも彼氏も同じくらい大事。
ゆうこもその気持ちを遠慮なく彼氏の前でも、はっきり言ってくれればよかった、寂しい(意訳)」
とのこと。
彼氏とわたしを同等に扱ってくれて、いまとなっては愛の深さを噛み締めています。ありがとう。
ただ、当時は今以上に子供だったゆえ「わたしの方がAと仲良いもん!」のような嫉妬もあり、
喧嘩はしてないけど、なんとなく距離が出来ました。
たまーに連絡したり、たまーにツイッターにいいねをくれたりしましたが、
わたしの知らない6年のあいだ、闘病していたんだね。
ものすごく戦ってたんだな、Aちゃんは。

彼女が亡くなったことを友から聞き、彼女の苗字が変わったことは何となく知っていたので、
その苗字の彼氏に電話をし、お話を伺いました。

彼氏、改めご主人は当時の印象のまま優しく親切に話してくれて、
わたしは偉そうにAを支えてくれてありがとうとか、ご結婚おめでとうとか、
一気にたくさんのことをぶつけてしまいました。

ことの全ては把握してないけど、それゆえに考えが巡ります。日常の折々に彼女のことが絡まります。
鍵をかけるときも、色違いで揃えたワニのキーホルダーですし、
音楽を聞けば、この曲カラオケでよく歌ったなあとなります。
この6年間、会っていない間も川向こうの隣町でAは生き、
絶望や希望や笑ったり泣いたりしていたんだね、とメソメソ。

もうすぐお通夜。ゆうこ、わたしのこと受け止められるの〜? 会いに来れるか?
と、彼女が言ってる気がしてるのです。
ゆうこはビビリだからなあ〜大丈夫?来なくてもいいよ、と。

そこはもう、お相手させていただきますともよ。
Aちゃんはわたしに用事があるとき、道場破りよろしく「たのもう〜」と言ってたね。
たのもう、の返事は「ど〜れ〜」だよね。
友達が亡くなって悲しいね、ヨロヨロ……じゃないんですよ。
もちろんめちゃくちゃ悲しいですけど、彼女とわたしの関係で言えばAからの挑戦状なんです。
そういう間柄の唯一の友達ですから。友達だしライバルだから。
彼女はいつだってわたしを成長させてくれ、支えてもくれます。
そして、おまえ、受け止められるか?と。そんな筋肉ゼロの身体でわたしに対峙できるか?と。

わたしは病気がちで入院やら色々あったけど、その度にAちゃんは、
どんな状態でもゆうこはゆうこだと言ってくれました。
その言葉や優しさやお人柄にどんなに救われたことか。
やってやろうじゃんAちゃん。わたしはAちゃん大好きだもん。ど〜れ〜!

Aちゃんfes. DAY1

お焼香の時は心拍数があがって、手も震えて、涙が止まらなかったですが、
Aちゃんが寝ているお顔をみたらなんだか落ち着きました。
会えて、会わせてもらえて良かった……優しいな~Aちゃんは。不思議なものです。

Aの寝ている木製boxをなでなでしながら、
ヘソ曲げてごめんね、やっと会えてありがとう。これからまた仲良くしたいです、と、
こころのなかでゆっくり伝えました。

Aのご主人、お父様、お母様、おにいちゃん2人に挨拶させていただき、
高校の同級生らと泣いて喋って笑って、気持ちを分かち合うことができ、すごーく救われました。
Aの写真のまえに置いてあったビールをひとくち隠れ飲みしてday.1はおひらき。


Aちゃんfes.DAY2

晴れ女丸出しの陽気。
短大の友達、大学の友達、会社の友達など、Aから聞いていた方々がちらほら。
みんな来てるで、と誰様のつもりかわからないですけど感激して、
Aがみんなに愛されていることを誇らしげに感じてました。
ほんと誰様なんだか……

ご主人のご挨拶から、2014年に発病したこと、5年後に結婚式を挙げるために治療をがんばっていたこと、
その5年後が今年と聞きワンワン泣きました。無念すぎるな〜

Aが寝てる木製boxをお父様やおにいちゃん達が大切に運んでいたよ。
なんだこれ?Aちゃんよ。
次の会場には行かずここでAのbodyとはまたね〜と解散。

日差しのなか無駄話をしつつ、多摩川線沿いを蒲田方面に歩きます。
そのまま、中学高校と一緒だったオーボエの友人とごはんを食べに。

Aちゃんとオーボエとわたしで、それぞれの血液型から「ABO」というユニットを組んでました。
踊ったりハモったり、ミュージックステーションに出たら誰がタモリさんと話すか?とか、
どうでもいいことでよく戯れておりました。

オーボエが「会いたい時に会うようにする!」と強く宣言し
わたしは「やる、やらない、ならばやるを選ぶ人生にする」と宣言。
多摩川線に乗り、それぞれ帰路についたのでした。

Aちゃん会ってくれてありがとね〜
いろんなことを考えさせてくれてありがとう。
これからもよろしくお願いします。

 

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